「kikulog」経由で次の記事を見つけた。
『ほたるいかの書きつけ』より
http://ameblo.jp/fireflysquid/entry-10139358661.html
関東地区公立小・中学校女性校長会の総会で『水からの伝言』の著者である江本勝氏の講演が行われたとのこと。
詳細は『ほたるいかの書きつけ』さんの記事をご覧いただくとして、次の箇所は、あまりにもひどい。
先生が用意した妊婦さんの羊水をホメオパシー溶液の倍率である5万倍に薄めた水の結晶を撮影しました。
羊水の結晶です(写真1)。この羊水に韓国語で「堕胎」という言葉を見せて撮影すると(写真2)、何か文字のようなものが現れました。
羊水に子どもの写真を見せたら、とってもいい結晶になりました(写真3)。
(略)相変わらずの安易な実験デザインと解釈であるが、特に羊水を使うということには怒りを禁じえない。「何か文字のようなもの」と言っているが、子どもの写真を見せたらとってもいい結晶になったということと対比させていることからして、「堕胎」は悪である、と暗に言っているといっても差支えないであろう。文脈から切断された単語に善悪を付与するという安易な発想がここでも如何なく発揮されてしまっている。
この実験が許しがたいのは、『堕胎』という、非常に多角的な考察を必要とする、それゆえ認めるにせよ否定するにせよ合意の得にくい問題に対して、マルかバツかという単純思考に落とし込もうとする、その安直さにおいて、である。
結晶の出来不出来を道徳の根拠にするのなら(あまりにもバカバカしい根拠だが)、必然的に二者択一的な価値観しか持ち得ない。
また、実験にただの水でなく羊水を使用したという点に、私は強い懸念を覚える。
「羊水」という言葉に含まれるイメージが「母」や「出産」など、女性の性と生殖に関わるものであることはいうまでもないだろう。また、障害や血縁などマイノリティに関わる側面もあるだろう。
実験者がこれらの問題に無自覚あるいはイノセントであるとは、とても思えない。
おそらく、意図的に羊水を使用しているはずだ。
『羊水』の『結晶』という図像の提示は、羊水と言う単語が持つ母性へのイメージと、結晶と言う単語が持つ聖のイメージを結びつけるものであり、まさに母性の聖化を視覚的イメージに転換する作業に他ならない。
視覚的イメージが与える影響はなかなか馬鹿に出来ないもんで。
『水伝』が批判されてもしぶとく息を吹き返すのは、論理的思考の欠如だけでなく、あの結晶の写真が与える視覚的インパクトによるところが大きいと思う。
つまり、『羊水の結晶』という『図像』が美しければ美しいほど、性や生殖の問題について一方的な価値観を植えつける役割を担うことになるだろう。
あ、念のため書いておくが、5万倍に薄めた羊水なんて、ただの水だ。
この記述だけでも、『羊水の結晶』なんてぇシロモノがちゃんちゃらおかしいってことだ。
なお、『水伝』の問題点については、すでに多くのサイトで述べられているのでここでは繰り返さない。
特に、次のサイトは良くまとめられているので、興味のある方は参照して下さい。
学習院大学の田崎晴明教授による『水伝』反証サイト
「水からの伝言」を信じないでください
「PSJ渋谷研究所Xさん」作成の「水伝FAQ」
『水からの伝言』の基礎知識
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